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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和43年(ワ)81号 判決

原告

富松桂薦

被告

竹本商事株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金一、〇五〇、〇〇〇円および右金員に対する昭和四四年二月一三日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告は「被告らは各自原告に対し金一、六七〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年二月一三日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べ、被告らの過失相殺の抗弁を否認した。

一、昭和四二年二月二一日午後七時三五分頃佐世保市汐見町一番一〇号先道路において、被告川内次男運転の軽四輪貨物自動車(六長崎ひ四〇八一号。以下「被告車」という)と該道路を横断歩行中の原告とが衝突し、原告は路上に転倒して右骨盤骨折および股関節中心性脱臼、腹腔内出血の傷害を負つた。

二、(一) 被告川内は前記日時場所において佐世保市稲荷町方面から三浦町方面に向け被告車を運転し毎時約二〇キロメートルの速度で進行中、右前方約一〇・一メートルの道路中央附近に雨傘をさし右から左に横断の体勢で立つている原告を認めながら、その動静を注視して必要に応じ減速徐行すべき注意義務を怠り、漫然従前の速度でその前方を通過しようとした過失により、折から原告が進路を横断しかけたのに気がつかず自車の右前部を同人に衝突させたものであるから、不法行為者として原告の損害を賠償する義務がある。

(二) 被告竹本商事株式会社(以下「被告会社」という)は被告車の所有者で、これを自己のため運行の用に供していた者であるから被告会社も原告に生じた損害を賠償する義務がある。

三、原告は本件事故のため次のような損害をこうむつた。

原告は右受傷の日から犬塚外科病院に入院し、開腹手術を受けたが一週間位は意識不明の状態であつた。同年六月頃よりようやく起坐練習をし、七月下旬頃からぼつぼつ歩行練習に入つた状態で同年一二月三〇日退院したが、その後もほとんど毎日通院を続けており、未だ歩行は著しく困難である。

(一)  入院加療に伴なう費用 計金八二、〇〇〇円

内訳 1、病人用食料品 二九、八三〇円

2、附添婦賄用コンロ代 八〇〇円

3、坐り椅子代 二、七五〇円

4、電気ポット代 一、二〇〇円

5、洋ぶとん代 二、八〇〇円

6、薬品代 三、〇一五円

7、歯科治療費 二、一八七円

8、テレビ代 二四、〇〇〇円

9、医師謝礼(ビール) 三、一六〇円

10、同(ウイスキー) 三、五〇〇円

11、看護婦謝礼 三、九〇五円

12、看護婦心付 三、二〇〇円

13、マッサージ師謝礼 八七〇円

14、附添婦心付(靴) 一、一〇〇円

(二)  原告の近親者が来佐して原告を看護したのに要した費用 計金一四二、〇〇〇円

内訳 1、井本秀義(娘婿。大阪府池田市在住)

大阪・佐世保往復三回旅費 金二一、〇〇〇円

佐世保滞在費(一〇日間) 金一〇、〇〇〇円

2、井本スナホ(娘。池田市在住)

大阪・佐世保往復一回旅費 金七、〇〇〇円

佐世保滞在費(三〇日間) 金三〇、〇〇〇円

3、井本南海雄(孫。枚方市在住)

大阪・佐世保往復一回旅費 金七、〇〇〇円

佐世保滞在費(三日間) 金三、〇〇〇円

4、井本龍雄(孫。池田市在住)

大阪・佐世保往復一回旅費 金七、〇〇〇円

佐世保滞在費(四〇日間) 金四〇、〇〇〇円

5、朝倉英子(孫。堺市在住)

大阪・佐世保往復一回旅費 金七、〇〇〇円

佐世保滞在費(一〇日間) 金一〇、〇〇〇円

(三)  原告の営業の臨時雇人費用 計金一一九、〇〇〇円

原告は長女富松美代子と二人暮しで自宅において店舗をもうけ青果等販売業を営み生計を立てているが、受傷により原告はもちろん美代子も看護のため営業に従事できず、やむなくその間雇人を雇入れた。

内訳 1、原田浩 金四〇、三〇〇円

2、小森田慶子 金三〇、〇〇〇円

3、仏坂量子 金二五、〇〇〇円

4、川上クラ 金二四、四〇〇円

(四)  通院治療費 金二〇、〇〇〇円

被告らは昭和四三年一月以降の原告の通院治療費を支払わなかつたので、原告は計金二〇、五三三円を犬塚外科病院に支払つた。

(五)  マッサージ治療費 金七、〇〇〇円

原告は本件負傷の治療のため古賀鍼灸療院の治療を受け、その代金計七、二八〇円を支払つた。

(六)  慰藉料 金一、二〇〇、〇〇〇円

原告は明治一八年九月二九日生れで八二才の高令であるが、受傷前はしごく壮健で壮者をしのぐ元気があつた。本件事故による重傷を負い、大手術を受け、長期間起坐もできぬ状態でその間の心身の苦痛は甚だしいものがあつた。退院後の現在も左下肢長二センチメートルの短縮、股関節、膝関節、足関節の屈伸制限等があり、松葉杖を使用しないと歩行できず、起居も不自由でこれらの後遺症は改善の見込みがない。しかも受傷のため相当期間にわたり正常な営業活動もできず、そのため営業上の損失も生じている事実等をあわせ考えれば、慰藉料としては前記金額を相当と思料する。

(七)  弁護士費用 金一〇〇、〇〇〇円

原告は、被告らに損害賠償の誠意が見られず、その権利実現のため弁護士に委任して訴を提起するほか方策がなかつたので、弁護士栗原賢太郎に本件訴訟を委任した。その手数料および謝金としては長崎県弁護士会報酬基準規程に定める最低料金額をもつてしても少なくとも金一〇〇、〇〇〇円を下らないので、右金額の支払を約し、その債務を負担した。

なお右(一)および(三)ないし(五)の損害については、実支出額中の一、〇〇〇円未満を切捨て一部請求するものである。

四、よつて右合計金一、六七〇、〇〇〇円および昭和四四年二月一三日以降の民事法定率による損害金の支払を求める。

被告らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

(一)  請求原因第一項は認める。

(二)  同第二項(一)は争う。本件事故は後記のような原告の過失に基づくもので、被告川内に過失はない。

同(二)の事実中、被告車が被告会社の所有であることは認めるがその余は争う。

(三)  同第三項前文の事実中、原告が昭和四二年一二月三〇日まで犬塚外科病院に入院し、その後通院したことは認めるがその余は不知。なお現在原告の歩行状態は普通である。

同(一)ないし(五)の事実は不知。

同(六)(七)は争う。

被告会社は本訴請求外の見舞金、治療費、附添費用等合計金四六六、一三一円を支出し、原告は年が年であるから退院後も治療費は心配せず十分治療してもらうようにいつて原告本人も感謝していた程であるのに突如として本訴を提起され、まことに心外である。

(四)  かりに被告川内になんらかの過失があるとしても、原告としては本件事故現場近くの稲荷町寄りに横断歩道があるのであるから、事故防止のためにもすべからく横断歩道上を横断すべく、また当時は夜間で雨天でもあつたのであるから、本件事故現場のような交通量の多い国道の横断歩道外を横断するにあたつては特に左右をよく見るなどして危険がないことを十分確認の上通過し、自からも危険の発生を防止するに必要な措置をとるべき義務があるのにこれを怠り、漫然と横断した原告にも大きな過失があるので、損害額は大幅に軽減されるべきである。

〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生と原告の受傷)は当事者間に争がない。

二、(一) 〔証拠略〕によると、被告川内は右日時場所附近において被告車を運転し、片道二車線の国道第一通行帯を佐世保市稲荷町方面から同市三浦町方面に向け時速約二〇ないし四〇キロメートルで進行中、折から右前方約一〇メートルのセンターライン附近に雨傘をさして右から左に横断歩行中の原告を認めたが、かような場合運転者としては歩行者の動静を注視し、必要に応じ徐行あるいは一時停止して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、原告が一瞬立止つたのを見ただけで安全を軽信し、右前方を注視することなく漫然進行した過失により、原告が再び横断を開始したのに気付かず、被告車の右前部を原告に衝突させて路上に転倒させ前記傷害を負わせたものであることが認められる。

(二) 被告車が被告会社の所有であることは当事者間に争がなく、他に特段の事情の主張立証はない。

してみると、被告川内は直接の加害者として、被告会社は自己のため被告車を運行の用に供していた者として、各自原告が前記受傷によりこうむつた損害を賠償する義務がある。

三、原告主張の損害について順次判断する。

(一)  入院加療に伴なう費用

(1)  原告が受傷当日から昭和四二年一二月三〇日まで犬塚外科病院に入院したことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によると、原告は入院加療に伴ない原告主張の(一)1、5、6、7の各支出をよぎなくされたことが認められ、右合計金三七、八三二円は本件事故による損害ということができる。

(2)  〔証拠略〕によれば、原告は入院加療中に原告主張の3、4、8の物件各一点を購入したこと、これらはいずれも原告の入院生活のため必要となつたものであることが認められる。しかしこの種の耐久性ある消費財については、その購入価額から退院時の残存価額を控除した残額あるいは入院期間中の賃貸料相当額のみが賠償請求の対象になると解すべきところ、右残存価額ないし賃貸料についての主張立証はないから、これらの費目を損害として認めることはできない。

(3)  次に、〔証拠略〕によれば、原告は治療中世話になつた医師、看護婦、マッサージ師、付添婦への謝礼ないし心付けとして原告主張の(一)9ないし11、13、14、の各支出をなしたことが認められる。

一般に患者(特に原告のような重症の入院患者)が医師、看護婦等に謝礼として相当額の金品を贈る慣行のあることは顕著な事実である。そこで右のような謝礼を事故の財産的損害として認める見解もあるが、当裁判所はこれを消極に解する。この種の謝礼は本質的に儀礼的なものであり、その人その人のまごころに発するものである。それは自己の負担において感謝の気持を表現する方法であり、またそうであつてこそ価値がある。その支出を加害者側に転嫁することは物事の性質に矛盾するといわねばならない(同趣旨、東京地判昭三八・二・八交通下民集三三頁、同地判昭三九・二・一八判例タイムズ一五九号一八七頁)。加うるにこの種の謝礼を損害と認めるときはその立証をめぐつて微妙な問題を生じる可能性が大きい(贈つた相手からの領収証は普通は貰えないであろうし、その証言を求めるのも困難であろう)。相当額の謝礼を贈つたという事実は慰藉料の算定にあたつて斟酌することにすれば被害者の救済にも特に欠けるところはなく、その方が上述した謝礼の本質にも適合するのである(もつとも、ぜひ名医の診断や手術を受ける必要があつてそのためにどうしてもこれだけの謝礼金を贈らねばならなかつたというような場合は別異に解する余地もあろうが、本件ではそのような事情は認められない)。結局これらの費目を損害として認めることはできない。

(4)  原告主張の(一)2および12の各出費については、これを認めるにたりる的確な証拠がない。

(二)  近親者が来佐して原告を看護したのに要した費用

〔証拠略〕によると、原告は昭和四〇年に妻をなくし、その後は長女美代子と二人暮しをしていたもので、他に現存の親族としては大阪府池田市に住む次女井本スナホ、同女の夫である井本秀義、右両名の子でやはり大阪府下に住む井本南海雄、井本龍雄、朝倉英子らがあること、右スナホ、秀義、南海雄、龍雄の四名は、原告が本件事故で危篤状態に陥つた旨の知らせを受けてその頃間もなく佐世保にかけつけ(秀義は三回往復)、それぞれ原告主張の期間滞在して原告を見舞い、看護したこと、昭和四二年六月頃美代子が連日連夜の看病で疲れはてたとき、夜間の附添をしてもらうため前記朝倉英子を呼寄せ、同女は原告主張の期間滞在して原告の附添看護にあたつたこと、これらの親族は大阪・佐世保間を往復するために原告主張の旅費を支出し、その費用は右親族および原告において負担したこと、また同人らが佐世保に滞在中原告は食費その他の費用として一人一日あたり金一、〇〇〇円宛を交付した(宿泊は原告方においてした)ことが認められる。

遠方に住む親族が事故で重傷を負つた被害者の容態を案じて馳せ参ずることは人情として自然なことではあるが、それに要した費用のすべてを法的な意味の損害と認めることはできない。この種の支出が賠償請求の対象となるのは原則として負傷者と極めて近い関係にある肉親、すなわち父母・配偶者および子に限られると解すべきである(これらの肉親が外国に居住する場合はさらに別種の制限を要するであろう)。してみると本件では井本スナホのみがこれに該当するが、朝倉英子は附添のため特に依頼して呼寄せたものであることにかんがみその費用の賠償を認めるのが相当である。また原告の支出した日額一、〇〇〇円の滞在費は、朝倉英子の関係では附添の謝礼の趣旨を含むものとして相当と認められるが、原告の実子である井本スナホの関係では、同人の附添が治療上不可決であつたことを認むべき証拠もないのでこれを損害と認めることはできない。結局、スナホと英子の各往復旅費と英子の滞在費合計金二四、〇〇〇円のみを本件事故の損害として肯認することができる。

(三)  原告の営業の臨時雇人費用

〔証拠略〕によると、原告は長女美代子とともに青果等販売業を営んでいるが、入院中原告はもとより美代子も看護のため営業に従事できず、その間やむなく原告主張のような四名の雇人を雇入れ、その費用として合計金一一九、〇〇〇円を支出したことが認められる。これを本件事故による損害と認むべきことは多言を要しない。

(四)  通院治療費

〔証拠略〕によると、原告は昭和四三年一月以降の通院治療費として請求にかゝる金二〇、〇〇〇円を下らない金員を支出し同額の損害をこうむつたことが認められる。

(五)  マッサージ治療費

〔証拠略〕によると、原告がマッサージ治療費として金七、〇〇〇円を下らない支出をなし、同額の損害をこうむつたことが認められる。

(六)  慰藉料

〔証拠略〕によれば次のような事実が認められる。

(1)  原告は前認定のような重傷を負つて事故当日から犬塚外科病院に入院し、開腹手術等の治療を受けたが、一週間以上意識不明の危篤状態がつづき、その後も数カ月間は寝たきりで、その間たえず激しい苦痛を訴えていたこと。

(2)  昭和四二年七月頃ようやく歩行練習を開始し、一二月末退院したが、その後も理学療法等のため毎日のように通院し、現在でも週に二、三回通院していること。

(3)  現在は杖をついて歩くことができ、痛みを感ずることも稀になつたが、なお後遺障害として右股関節の屈曲制限(労災保険身体障害等級一〇級一〇号)、骨盤の変形(同一二級五号)、左足関節の屈曲制限(同一二級七号)、左下肢長の約二センチメートル短縮(同一三級八号)があり、すぐに立上ることができないため店番も満足にできない状態となつたこと。

(4)  原告は明治一八年九月生れであるが、事故前は至つて健康で、毎日青果物の仕入れ等に従事していたこと。

(5)  一方被告側では、被告川内がしばしば入院中の原告を見舞つて数百円ないし一千円程度の見舞品を持参し、また被告会社の事実上の代表者である内野敦男は事故後間もなく原告を見舞つて金三〇、〇〇〇円を呈したほか、被告会社はその後の原告の入院治療費(国民健康保険の自己負担分)合計二二〇、〇〇〇円余および附添婦料金合計二一〇、〇〇〇円余を支払い、他にも輸血をしてくれた人に対する謝礼など、本訴提起までに原告側から申出のあつた件はすべてこれに応じてきたこと。

右事実その他諸般の事情を綜合すると、原告の受くべき慰藉料額は(後記原告の過失を度外視すれば)金一、二〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(七)  弁護士費用

〔証拠略〕によると、原告は弁護士栗原賢太郎に本件訴訟を委任するに際し、手数料、旅費その他の諸経費として金一〇〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。右金員の中には本来の訴訟費用に属するものが若干含まれているようであるが、一応これがすべて訴訟費用外の弁護士費用の性質を有するものと仮定して判断する。

およそ、損害賠償請求訴訟に要した弁護士費用が事故による損害として是認されるのは、当該訴訟の提起が権利実現のため必要やむをえざるものであつた場合、すなわち裁判外の交渉によつては権利の実現が不可能であつた場合に限られると解すべきである。被害者としては、賠償義務者の行方不明等のため交渉が物理的に不可能な場合とか、事故後の賠償義務者の態度等からみて裁判外の交渉をしても無駄であることが明らかな場合を除き、少なくとも一度は示談交渉の機会をつくり、これに対する相手方の反応を見るのが適当である。もちろんこのような交渉を経ないで訴訟を提起することも合法的な訴権の行使ではあるけれども、その場合は当該訴訟に要した弁護士費用を相手方に転嫁しえないものと解するのが信義則に合致する(民事訴訟法九〇条参照)。

本件についてみるに、前段(六)(5)に認定したとおり、被告らは事故後本訴が提起されるまでの約一年間一応の誠意を尽して事にあたつてきたものであり、さらに前掲内野証言と弁論の全趣旨によれば、被告会社は毛糸の御売を業とする資本金五、〇〇〇、〇〇〇円の会社であつて、自動車事故の賠償責任についてはかなり高い自覚をもつており、原告側から示談の申出があればいつでも交渉に応ずる考えであつたこと、もつとも昭和四三年に入つて一時原告の通院治療費の支払を延滞したことはあるが、これは事務上の不注意によるもので他意はなかつたことが窺われる。

一方、〔証拠略〕によると、昭和四二年一〇月頃被告側から富松美代子に対し「まだ附添人は離せないだろうか。」との問合せがあつたこと(病院に聞くとまだ附添を要するとのことであつたので、結局ひきつづき被告の負担で附添婦をつけてもらうことになつた)などから、原告側では被告らに誠意の乏しいことを感じ、同年末頃前記井本秀義を通じて弁護士に依頼していたところ、翌年に入つて被告会社が原告の通院治療費を支払つていないことを犬塚外科病院の事務長から聞いたので、その頃一度も裁判外の交渉をふむことなく、また右通院治療費の件につき被告会社に確かめることもしないまま、本訴の提起にふみきつたこと、昭和四三年四月頃美代子は被告会社に対しはじめて通院治療費を支払つてくれるよう電話で要求したが、その時には既に本訴が提起され被告会社に訴状が送達されていた(美代子はまだそのことを知らなかつた)ことが認められる。

右の経緯にてらせば、原告の訴提起はやや性急に失したうらみがあり、上記理由によつて本件弁護士費用の賠償請求は許されないものと解するのが相当である。

もつとも、かりに本訴提起前に示談の交渉がなされていたとすれば果して原告にとつて満足すべき結果が得られたかどうか、本判決の認容する程度の金額を被告らが承諾したかどうかは一個の問題であろう。その意味において、満足すべき示談が成立したであろう蓋然性を斟酌し、本件のような事案における弁護士費用の請求を損害拡大に関する過失相殺の法理によつて適当に減額する考え方も成立つ余地がある。しかし右のような蓋然性の判断は多くの場合きわめて困難である。むしろ、弁護士費用を損害として請求するには原則として示談交渉の経由を要するものとすることが簡明でもあり、またわが国の社会的現実にも適合していると解せられる。

以上、(一)(1)、(二)ないし(六)の損害額を合算すれば金一、四〇七、八三二円となる。

四、最後に被告らの過失相殺の抗弁について判断する。

〔証拠略〕を綜合すると次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は佐世保市を縦貫する国道三五号線で、車道の幅員は約一三メートル、車両の交通はひんぱんであること。

(2)  原告は現場近くの浴場「汐湯」を出て自宅への帰途、右「汐湯」方面からの道路が国道と交わる三叉路の地点で国道(横断歩道外)を横断中、この事故に遭遇したこと。

(3)  当日は雨天で、原告はこうもり傘を左手に持つてさしていたせいもあつて左方からの車両に対する注意が十分でなかつたこと。

(4)  現場から約六五メートル稲荷町寄りの地点には横断歩道が設けられており、原告の自宅兼店舗は右横断歩道を渡つた地点から約一〇メートル事故現場寄りにあつて、原告自身いつもはこの横断歩道を横断するようにしていたこと。

原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

以上の事実によると、本件事故現場は道路交通法一二条二項にいう「横断歩道がある場所の附近」ということはできないけれども、現場は交通のひんぱんな国道であり、時刻は夜間、原告は八〇才をこえる高令でしかも傘をさしていたのであるから、多少は遠まわりになつてもやはり前記横断歩道を横断すべきであつたし、かりに横断歩道外を横断するのであれば左右の車両に対し特に細心の注意を払うべきであつたと思われる。右の意味において、本件事故の発生については原告にも相当の過失があつたというべきである。

しかし他方、被告川内の過失の程度もまた重大である(原告が立止つた地点と衝突地点との距離は約二・六メートルあり、原告が急にかけ出したことを認めるにたりる証拠はない)。その他諸般の事情をあわせ考えれば、被告らの賠償すべき損害額は前記損害額合計から約二割五分を控除した金一、〇五〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

五、原告の請求は右金一、〇五〇、〇〇〇円およびこれに対する事故発生後である昭和四四年二月一三日以降民法所定年五分の割合による損害金の支払を被告らに求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法九二条本文、九三条一項本文、仮執行宣言(職権)につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 楠本安雄)

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